研究会について


混成アジア映画研究会は、マレーシア映画文化研究会が発展して作られた研究会です。

マレーシア映画はアイス・カチャンである

マレーシアで2010年に製作された『アイス・カチャンは恋の味』(原題『初戀紅豆冰』)という映画があります。1990年頃のマレーシアの地方都市を主な舞台にしたラブコメディーで、マレーシア映画の隠れた人気作品の1つです。

この作品のタイトルにある「アイス・カチャン」とは、マレーシア版かき氷のことで、マレーシアの定番デザートの1つです。店によって多少のバリエーションはありますが、氷の下に黒豆、小豆、仙草ゼリー、コーンなどの具がたくさん入っているものがよく見られます。上半分の氷の部分だけ食べると日本のかき氷とあまり変わりませんが、下半分の具だけ食べるとマレーシア独特の食べ物になります。日本人に馴染みのかき氷の部分と、地元独特のくせのある具の部分からできていて、どちらもそれぞれおいしいのですが、混ぜて食べるともっとおいしくなり、それがアイス・カチャンの魅力です。

アイス・カチャンの魅力は、マレーシア映画にもそのまま当てはまります。映画で語られている物語に、外国語に翻訳しても意味が伝わる部分と、地元の人には理解できるけれど外国語には翻訳不能な部分の両方が入っているのがマレーシア映画の特徴です。

国際映画祭に出品されて外国で高い評価を得る作品と、地元では大人気だけれど外国では受けが悪い作品。アジア映画を2つに分ける考え方もありますが、実際は、作品ごとにどちらの分類に入るのかが決まるのではなく、どの作品にも両方の要素が入っています。

翻訳可能な要素が強いと、外国の映画祭では賞賛の嵐でも、地元では評判がいま一つということになります。その逆に、翻訳不能の要素が強いと、本国では大ヒットになるけれど、外国人の目にはどこがおもしろいのかよくわからないということになります。どちらの要素にもそれぞれの味がありますが、アイス・カチャンと同じで、両方の要素を混ぜて観ることができればきっともっと愉しめるはずです。

多色字幕版の上映

では、どうすれば両方の要素を混ぜて観ることができるでしょうか。

マレーシア映画文化研究会では、ヤスミン・アフマド監督の『細い目』や『タレンタイム』などを題材に、マレーシアの社会や文化を踏まえて作品の内容を解説するブックレットを刊行したり、社会や文化を踏まえて字幕を工夫したりしてきました。例えば字幕では、マレーシアの人々は複数の言語を巧みに切り替えて会話し、同じ場にいてもそこで話されている言葉をその場の全員が理解しているとは限らないため、登場人物がすべてのセリフを理解しているわけではないことを視覚的に表現する多色字幕を試みてきました。

フィリピンにはハロハロがあった

ところで、このマレーシアの特徴はマレーシアに限った話ではありません。フィリピンには定番デザートのハロハロがあります。かき氷とパフェとサンデーをあわせたようなもので、餡が入っているのが特徴的です。マレーシアのアイス・カチャンやインドネシアのエス・チャンプルと似ているけれど、それらとは違う食べ物です。

ハロハロの起源は、かつてフィリピンに渡ってきた日本人移民が売っていたかき氷だという説もあるそうです。仮にそれが事実だとしたら、国境も東南アジアという枠も越えて、日本と東南アジアがデザートで繋がっていたということになります。その説の真偽はわかりませんが、肝心なことは、人の移動などに伴って、国境を越えた「似同非同」の食文化が発展しているということです。

このことは映画でも言えます。外国語に翻訳しても伝わる要素と外国人には伝わらない要素が1つの作品の中に両方入っているというのはマレーシア映画に限ったことではありません。

それだけではありません。今日、マレーシアで愛国映画と言って真っ先に名前が挙がるのは、1956年製作の『ハッサン軍曹』でしょう。ところが、愛国映画の代表作品である『ハッサン軍曹』を撮ったのはマレーシア人監督ではなく、フィリピンのランベルト・アベラーニャ監督です。マレーシア(この頃はまだマレーシアという国はありませんでしたが、便宜上、後にマレーシアになる範囲をマレーシアと呼ぶことにします)で、1950年代までに地元で製作された映画は180作ありました。その監督の出身地を見ると、インド(120作)、地元(20作)、インドネシア(16作)、中国・香港(10作)、フィリピン(9作)、イギリス(4作)、アメリカ(1作)となっています。アベラーニャ監督は、フィリピンからマレーシアに招かれて『ハッサン軍曹』を撮りました。しかし、今日のマレーシアでは、『ハッサン軍曹』は「マレー映画の父」と称されるP・ラムリーの初監督作品と見られています。

マレーシアで日本軍政の思い出が語られるときに必ずと言っていいほど言及されるこの作品は、実話に基づいて作られていますが、その下敷きになったのはマラヤ共産党の武装蜂起で、それをアベラーニャ監督が日本軍政の話にしたものです。監督や元ネタの由来は忘れられて、自分たちの物語として定着していきます。

製作者や作品が越境して物語が混成化し、国境をまたいで物語文化圏が形成されていきます。この研究会では、地域研究と混成アジアという2つのアプローチから、アジア映画を愉しみ、映画を通じてアジア社会を知ることをめざしています。