喪失の中の祈りと覚悟 映画が映す東南アジアの内戦・テロと震災・津波

(シンポジウムとディスカッションの様子)

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シンポジウム

予期せず身近な人が奪われる喪失

テロや内戦、災害などによって予期せぬ形で身近な人の命を奪われることにでもたらされる喪失は、その死を個人として(ときには社会としても)きちんと弔うことができないという痛みを伴う。遺体の身元がわからないまま埋葬したり、遺体を確認することができないまま身近な人を失ったりするという経験を伴う場合はなおさらである。私たちはその痛みとどのように向き合い、どのように乗り越えようとするのか。

本シンポジウムでは、2002年のバリ島爆弾テロ事件を描いた『天国への長い道』、1999年の住民投票を経て2002年に主権回復(独立)した東ティモールを描いた『ベアトリスの戦争』、2004年の津波災害で約17万人が犠牲になったアチェを舞台にした『海を駆ける』の3つの映画を題材に、2人のインドネシア地域研究者と『海を駆ける』の深田晃司監督からの話題提供を通じて、不慮の死、とりわけ遺体がない状態で死を弔うことの困難と、それを乗り越えようとする東南アジアの人々の試みが紹介された。

遺体がない状態で死を弔う困難

『天国への長い道』は、9.11米国同時多発テロで恋人を失った米国人女性ハンナが登場する。世界貿易センタービルで働いていた恋人の遺体が見つからず、空の棺に名札を入れて埋葬したハンナは、恋人の死を受け入れかねたまま、恋人が愛したバリに滞在している。ハンナはバリ島爆弾テロ事件に遭遇し、現場で身元不明の遺体が放置されているのを目にして、その身元探しに奔走する。遺体の名前を見つけ、その遺体を名前とともに弔うことができたとき、ハンナは恋人の死を受け入れる。

『ベアトリスの戦争』では、インドネシア軍と東ティモール解放軍の戦争が続く中で、戦闘に巻き込まれたまま帰ってこない夫トーマスを待ち続けるティモール人女性ベアトリスの姿が描かれる。まわりの人たちはトーマスの死を受け入れて前に進もうとするが、ベアトリスは遺体を確認しないままで夫の死を受け入れることができない。夫の死を認めないベアトリスの執念は、やがてベアトリスに真実をもたらす。

『海を駆ける』も、人は死をどのように受け入れるかがテーマの1つになっている。地震・津波災害によって1日にして約17万人の命が失われたアチェでは、多くの遺体を身元不明のまま埋葬せざるをえなかった。アチェには、被災から何年もたっていながら、犠牲となった家族の姿を探し続ける人がいる。

さまざまな弔い方

本シンポジウムの趣旨に関連して、モデレーターの山本博之から、災害に強い社会を考えるとき、物理的な被害に注目して被害を最小限にとどめようとする技術的・制度的な対応のほかに、災いが与える心理的なダメージに注目して、心理的な喪失をどのように受け止め乗り越えるかを考えるアプローチも重要であること、喪失を受け止めるという点では東南アジアの経験から学ぶことが多くあることが指摘された。

西芳実は、『天国への長い道』は、米国同時多発テロとバリ島爆弾テロ事件という2つの災いによる喪失の経験を結びつけることを通じて、喪失の痛みは決してなくならないが、災いの違いを越えてともに祈ることで喪失とともに生きる覚悟が可能となることが示されているとまとめた。その上で、アチェの津波被災地では多くの遺体が身元不明のまま集団埋葬地に埋葬され、遺族の多くは遺体を確認できないままでいること、その痛みは計り知れぬこと、それにもかかわらずアチェの人々がその状況を受け入れているように見えることの背景として、被災前に内戦下にあったアチェでは内戦の犠牲者の遺体を引き取ることさえままならない状況があったことを紹介した。

亀山恵理子は、紛争などによってもたらされる痛みは容易に言葉にすることができないものであり、だからこそそれらの災いを語り継ぐうえでは映画のような映像メディアに期待が寄せられること、実際にインドネシアでは映画制作を通じて1965年の9月30日事件をはじめとする過去の悲劇に向き合おうとする試みが近年活発になっていることを紹介した。また、『ベアトリスの戦争』に描かれる痛みを理解する助けとして、「黒服をまとう」「皿を裏返す」といったティモール社会における喪の示し方を紹介した。

深田晃司監督は、『海を駆ける』を制作した背景として、東日本大震災被災から間もない2011年12月に京都大学主催の国際ワークショップの記録撮影のためアチェを訪問したときの経験を紹介した。想像をはるかに越える形で津波犠牲者の死を受け止めようとしているアチェの人々の姿に衝撃を受けたこと、遠い異国と思っていたアチェの人々の暮らしが様々な形で日本とつながっていることを知ったことを紹介した。また、異国情緒を味わう観光映画にはしたくなかったとして、自分にとってアチェがインドネシアを知る窓となったように、『海を駆ける』が一見離れている場所に生きる人々の暮らしが海でつながっていることを感じるきっかけになればと語った。

参考上映

『天国への長い道』
インドネシア、2006年、115分、DVD、インドネシア語・英語(日本語・英語字幕)
監督:エニソン・シナロ
世界最大のイスラム教徒人口を抱えるインドネシアはイスラムの名によるテロをどう受け止めたのか。9.11以降に「テロとの戦争」が世界化する中で発生したバリ島爆弾テロ事件を、テロの企画者、実行犯、地元の人々、報道の4つの視点から描くことで恨みの連鎖を避ける道を探る。(photo (c) Kalyana Shira Films)
 

 

『ベアトリスの戦争』
東ティモール、2013年、101分、DVD、テトゥン語・インドネシア語(日本語・英語字幕)
監督:ルイギ・アキスト、ベティ・レイス
インドネシア軍による全面侵攻以降、東ティモールにおいて占領が女たちにどのような影響をもたらしたのか。ベアトリスの夫は虐殺を逃れたものの行方不明になるが、16年後に村に帰ってくる。だが、ベアトリスはその男性が夫であることに確信がもてない。
 

 

参考作品

『海を駆ける』
日本・インドネシア・フランス、2018年、107分、インドネシア語・アチェ語・日本語・英語
監督:深田晃司
インドネシアのバンダ・アチェの海岸で倒れている謎の男が発見される。災害復興の仕事をしている貴子はその謎の男にラウ(インドネシア語で「海」)と名付けて預かることになる。貴子と息子のタカシたちの周辺で、謎の男ラウはさまざまな奇跡と事件を巻き起こしていく。2011年の東日本大震災を経て、深田監督のたっての希望で、2004年の津波被害の傷跡を今も残すアチェ州で約1か月のオールロケを敢行。2018年5月26日より劇場公開。(写真 (C)2018「海を駆ける」製作委員会)