ジャウィについて

なぜジャウィ?

ジャウィとは、東南アジア島嶼部(イスラム教圏東南アジア)における共通語であるマレー・インドネシア語の表記方法の1つで、アラビア文字をマレー・インドネシア語にあわせて一部改変したものです。

ジャウィは、20世紀初頭頃まで島嶼部東南アジアの地元住民(特にイスラム教徒)にとって主要な文字であり続けました。しかし、20世紀半ばまでにローマ字が広く使われるようになると、ジャウィが使われる機会は減ってきました。そのためもあり、東南アジア島嶼部の社会を研究する上で、特に20世紀以降を対象にする場合、ジャウィ文献を積極的に使った研究はそれほど多くありません。

この研究会は、以下の理由からジャウィ文献を積極的に使った東南アジア社会の研究を試みています。

第一に、これまで主にローマ字文献に基づいて行われてきた東南アジア研究を別の角度から見直す契機とするため。
第二に、東南アジア島嶼部の人々による国境を越えたつながりに積極的に目を向けた社会像を考える契機とするため。

この研究会は、これまで語られてきた国別のナショナリスト的な東南アジアの近現代史を別の角度から見直すことを試みます。ローマ字が主流となった現在では珍しくなったジャウィ文字やジャウィ文献自体に関心を向けてただ資料収集するのではなく、実際にジャウィ文献を読むことにより、ジャウィが使われていた時代や社会の様子を明らかにすることを目的としています。

どのジャウィ?

ジャウィはアラビア語とともに東南アジアにもたらされました。東南アジア島嶼部のイスラム教徒にとって、アラビア語は聖なる言葉であり、宗教に関する概念や言葉の多くはアラビア語のままマレー・インドネシア語に取り入れられました。

ただし、アラビア語とマレー・インドネシア語は互いに異なる言葉なので、アラビア文字をそのまま使ってもマレー・インドネシア語をうまく表記できないことがあります。アラビア語にはマレー・インドネシア語にない音がいくつかあるため、マレー・インドネシア語ではいくつか独自の文字を作る必要がありました。

また、アラビア語は文字で母音を表記しないため、それに倣ったジャウィも子音だけを並べる表記方法になり、そのためどのように母音を補うかというルールを確立する必要が生じました。右の表は、これまでに提案されたジャウィの綴り方に基づいていくつかの単語を表記したものです。時代や地域によってジャウィの正書法は異なりますが、過去から現在へと時代を追っていくと、なるべく母音を表記して、ジャウィ表記とローマ字表記が一対一で対応するように正書法が変わってきています。

ただし、宗教に密接に関する語彙については、他の一般の語彙のようにローマ字表記と揃えてジャウィでも母音を入れて表記すべきとの意見が出る一方で、ジャウィで書いたときにアラビア語の表記と異なってしまうのは適切でないとの意見も強く、母音を補わずにもとのアラビア語の表記と同じ形でジャウィでも表記することになっています。

このように、ジャウィの表記法は、宗教に関する語彙とそれ以外の語彙で異なる方向で発展してきています。(ただし、宗教に関する語彙とそれ以外の語彙の区別も時代によって変わってきています。)

このように、ジャウィ表記は、時代や地域によって異なり、また、同じ時代や地域であっても個人による表記の揺れが見られます。この研究会では、ジャウィ表記がただ1つに定まっていないことは、多様な文化的背景を持つ人々の共通語であるマレー・インドネシア語の表記法にふさわしいと考え、特定の表記方法のみを取り上げて「正しいジャウィ表記である」と主張することはしません。ただし、ジャウィ文献講読講習会などでは、20世紀前半にジャウィ表記の正書法を体系化しようとしたザアバによる「ザアバ綴り」を中心に取り上げ、そのうえでそれ以外の表記法を扱うようにしています。